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池坊

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<池坊>
池坊の華道家元は、京都の真ん中の六角堂(聖徳太子の創建とつたえられている)に本拠があります。
池坊とはこの六角堂頂法寺の司僧で、代々池のほとりに住まいしたので、人々から池坊と呼ばれるようになりました。その池坊から次々といけばなの名手が現れ、この池坊を源として、現在に至るまでいけばなの発展の中心となってきました。
室町時代中期には挿花の名手専慶を出し、室町後期には専応によって現在も伝わるいけばなの伝書をあらわし、いけばなの道、華道が確立されました。
近世(桃山、江戸初期)に入り二代に亘る専好が活躍し、立花の気品と風格を高めます。
江戸 中期には専定が生花(しょうか)の様式を確立、その後を継いだ専明、明治期の専正など、その時期を彩る家元によって池坊は揺るぎないものとなり、今や日本 にとどまらず、世界を結ぶ香り高い文化として重要な役割を果たしています。  

2001年01月01日 18:58

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池坊正流

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<池坊正流>
池坊正流は江戸時代後期に犬山の稲垣翠幽が創流し、尾張の土井翠玄が衣鉢を受け三男の翠翁に伝えました。翠翁は現在の名古屋を中心に活動致しておりましたが明治40年、愛知県半田から静岡県沼津に永住すべく温暖で御用邸がある沼津に居を構え、静岡特産の香り高いみかんの香気を池坊正流の精神として、枝橘を流章と定めました。
池坊正流の花は古典を基調としていますが、昭和の初期には正流式盛花の本を出版するなど、古典から盛花まで数多くの教科書、写真集を発行しており、現在はこの伝統を守りながらも、時代に即した「いけばな」を紹介し発展させています。  

2001年01月01日 18:57

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華道遠州

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<華道遠州>
華道遠州は、日本三大茶人のひとり、小堀遠州公を流祖とし、彼の美意識「綺麗さび」を継承した花を目指し、日本全国の支部に展開しています。
今日の宗家、芦田一寿氏は「姿をつくりて、花となす」という先人の言葉を伝えていますが、これも、自然の美を越えて形を与え、自然以上の自然らしい美しさを生けるという、遠州生花の美意識の一つと言えます。
遠州生花には多くの技術が伝えられていますが、なかでも「くさび橈め」という独特の技術は、流麗美を特徴としている遠州の代表的な、わざのひとつです。  

2001年01月01日 18:56

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草月流

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<草月流>
勅使河原蒼風は華道家・勅使河原久次の長男として1900年に生まれました。幼いときからいけばなの指導を受け、やがて卓越した才能を発揮し、注目を集めるようになりますが、型通りにいけるそれまでのいけばなに疑問を持ち、父と決裂して、1927年草月流を創始しました。
1928年、蒼風は銀座千疋屋で第1回草月流展を開催し、軽快でモダンな花が評判となり、NHKラジオのいけばな講座を担当、この放送や以後の草月展を通じて草月流いけばなが広く知られるようになりました。
戦争中は活動停止を余儀なくされますが、1945年「勅使河原蒼風、小原豊雲二人展」を皮切りに戦後の活動を開始します。

草月のいけばなは、型を学び、型をいけることを目的とするのではなく、自分の気持ちを植物に託して自在にかたちをつくるもの。彫刻や絵画と同じような個性豊かで自由な発想による、創造行為です。草月の花は家庭内の床の間や食卓の花から、ホテルのロビー、パーティー会場、また店舗のウインドーや大規模な公共空間など、現代のあらゆる空間に対応し、彩り豊かに演出します。  

2001年01月01日 18:55

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未生流

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<未生流>
江戸時代後期 文化文政期に、未生斎一甫(1761~1824)によって、大阪の地で創流しました。  

2001年01月01日 18:54

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